第一章
 
身体の放長と生理作用

 筋肉が力を受けたときには大抵ある程度の伸張が発生するが、伸張を引き起こさせている外因が取り除かれた瞬間すぐに元の状態の戻る。これは筋肉が元々固有の弾性を持っているからである。一般的な運動では、鍛錬を通してこのような弾性を向上させるのである。人体生理学から見ると、筋肉のこのような弾性や収縮・放長は以下4つの作用を引き起こす。

(1)筋肉本来の収縮と伸張能力に質の良いトレーニングを施した場合、筋肉の中に密集している毛細血管網の通りが良くなる。

(2)細胞組織の新陳代謝が増加した場合、身体の中の全ての生命活動のプロセスが刺激される。

(3)筋肉およびその他全ての組織や器官の気体交換作用が増強される。

(4)身体の中にさらに多くの酸素を取り込むことができ、各器官による酸素の利用効率を高めることができる。

 太極拳は単純な身体の運動ではない。太極拳が表現するものは、外部においては極めて複雑で変化に富んだ姿勢にみられる神態のうねりであり、内部には神を集中させて気を収めることが隠された“心を以って気をめぐらせる”運動であり、これは既に第一番目の特徴の中で述べた。この他、太極拳は内外の鍛錬をおこなうだけでなく、全身の放長という状況下で絞りを利かせて螺旋形に順纏絲と逆纏絲の運動を行うのである。このようにすると、筋肉が本来持つ弾性が良好な鍛錬をされるだけでなく、血液循環のスピードも速まり、血行不良によって引き起こされている各種の病症をも取り除くことができる。これは太極拳による身体の放長と精神のめざめといったものが引き起こす重要な作用の一つである。
 
 また、太極拳の弾性運動は血圧の低下にも顕著な影響がみられるが、これは筋肉の収縮と放長の過程で生成されるトリリン酸やアデニル酸等の血管拡張作用を持つ成分によるものである。同時に、節々が連動する運動の過程で、筋肉内に存在する毛細血管の数を何倍にも増やすことができ、血管の中で繋がっている横の負荷面が拡大し血圧を降下させるのである。また、練習時に筋肉が繰り返し放長と回復を繰り返すことにより血管の硬化を予防することもできる。特に雑巾を絞るような動作の螺旋運動を協調させるとさらなる硬化防止作用が期待できる。

 長年太極拳を鍛錬した人は、練習時に背中や四肢内の血管が広がったような感覚を覚え、動き出すと非常にリラックスして気持ちがよく感じられる。逆に長期間練習をしないでいると一種の閉塞感を感じる。このような現象は毛細血管の数の増減によってもたらされるものである。



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